日興AMプレスアカデミー 新潮流「CSV(クリエーティング・シェアード・バリュー)

概 況


社会と共生する企業の価値創出

伊藤友則教授

伊藤友則教授

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 伊藤友則教授

近年、国内外で認知が広がっているCSV(Creating Shared Value、共通価値の創造)。米ハーバード大学ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が提唱する概念で、「経済価値の創造」と「社会への貢献」という、一見すると相反する取り組みを両立させて、企業と社会がともに価値を生み出すことを指す。日興アセットマネジメントは3月20日に報道関係者を集めて勉強会を開催。CSV分野における国内の第一人者、一橋大学大学院の伊藤友則教授による講演内容を抜粋して紹介する。(本記事の内容は講演者の見解であり、日興アセットマネジメントの商品等に何ら影響を与えるものではありません)

CSVとは

「企業が本業で社会貢献すれば、生産量を増大させつつ皆を幸せにすることができる」との考え方に基づく取り組みをCSVと呼ぶ。CSR(企業の社会的責任)と混同されやすいが、後者は慈善活動的な要素を大いに含んでおり、利益を考慮しない点が大きく異なる。

ポーター教授はリーマン・ショックを契機に、資本主義が危機に瀕していることを痛感。企業が短期的な利潤のみを追求すると社会にとって好ましくない結果が起こり、ついには、「経済の問題は市場に任せていればすべて解決する」といった資本主義の矛盾が露呈してしまった。

CSVは日本に定着しやすい考え方だと思われる。明治時代に渋沢栄一が著書「論語と算盤」で示した理念「道徳経済合一説」に近しい。そしてCSVこそが、成熟しきった資本主義市場で新たな社会価値を生み出す手段となることが期待される。

Creating Shared Value(CSV)とは
社会価値を創造するには…
1.製品と市場を見直す~社会のニーズに着目~
 健康に良い食品
 環境にやさしい製品(プリウス、GE)
 高齢化(シルバー関連サービス)
 エネルギー効率のいい製品(LED照明)
 BOP(ボトム・オブ・ザ・ピラミッド)…貧困問題(マイクロファイナンス)
 交通事故の低減(キリンフリー)
 →社会的ニーズがあれば需要は自然と出てくる
2.バリューチェーンの生産性を再定義する
 エネルギー利用
 資源の有効活用(水、紙)…コカ・コーラ、ダウ・ケミカル
 調達(サプライヤーの生産性)を考えなおす…単に安く買えばいいわけではない
 流通(マイクロファイナンス)の革新
 従業員の生産性…健康でやる気があり、訓練された従業員
 ロケーション
3.企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターを作る
特定分野の企業や関連企業、サプライヤー、サービス、ロジスティックス、さらに業界団体、教育機関などが地理的に集約した地域
 シリコンバレー
 ネスレ(現地の生産効率と品質を維持するためのインフラを整備。苗木や肥料、灌漑設備、育成技術の教育プログラムも)

新たな「価値創造」のために

CSV、つまりは「新たな共通価値の創造」の実践ポイントは3つ。(1)社会のニーズに着目して「製品と市場を見直す」こと、(2)調達・流通面だけでなく従業員の健康やスキルなどにも着目して「バリューチェーンの生産性を再定義する」こと、そして(3)企業が拠点を置く地域を支援する「産業クラスターを作る」ことだ。

事例(1)ネスレ

CSVの先進企業といえばネスレが筆頭に挙がる。スイスに本社を置く世界最大級の総合食品飲料企業で、ポーター教授がアドバイザーを務める。ネスレ日本の公式ウェブサイトを見ると、トップページの目次部分には「企業情報」「ニュース&リリース」「採用情報」など一般的な項目に並んで「共通価値の創造」が置かれていることからも、同社におけるCSVのプライオリティの高さがうかがえる。

サプライチェーンを根底から見直す

ネスレにおけるCSVはコーヒー豆やココアなど原材料の調達が基軸となっている。これら原材料の一大産地はアフリカや中南米の貧困地域にあり、ネスレは現地で仲介業者を通さず零細農家と直接に栽培契約を結ぶことで、農家所得の増加と農地への環境負荷の軽減の両立を実現した。

農家に生産性向上と環境保護の両面から最良な農法をアドバイス。銀行融資を保証したり苗木・肥料の確保を行うなどのサポートも惜しまず、加えて、高品質な豆には価格を上乗せすることで農家のモチベーションを向上させた。こうして高品質な原材料を価格・量の両面で安定確保したことが同社の競争力となり、高い利益につながっている。

事例(2)ホールフーズ・マーケット

米国の食料品スーパーマーケット・チェーン。新鮮なオーガニック野菜のほか、飼料に抗生物質やホルモン剤を使用しない肉や天然物の魚介類など高品質な食材のみを取り扱う。

コンシャス・キャピタリズムの好循環

創業者のジョン・マッケイCEO(最高経営責任者)は「コンシャス・キャピタリズム(意識の高い資本主義)」を提唱している。従業員を「チームメンバー」と呼び、彼らの幸せと成功を助けつつ、良質な品ぞろえとサービスとで顧客満足にも応えながら、高い成長で投資家への高い利回りまでも実現している。野菜などを極力、地元から仕入れることで運輸コストを抑えつつ、地域社会にも貢献。そんな企業姿勢が顧客や地域から高く評価されて、それがチームメンバーの誇りとなって彼らのモチベーションがさらに向上する――といった好循環で急成長を続けている。1992年のIPO(新規上場)以降、売り上げは126倍、株価は30倍に増大している。

国内の事例

キリンビール/「交通事故根絶」から新市場を創造

飲んでも安心して車を運転できる、ビール風味の炭酸飲料「キリンフリー」を2009年4月に発売。それまでノンアルコールビールにはわずかながらもアルコール成分が含まれていたため、消費者は飲酒運転への不安が払しょくできずにいた。アルコール度数ゼロの「キリンフリー」の投入で市場ニーズに応えつつ、飲酒運転の根絶を後押しただけでなく、家事の合間や残業時、あるいは、これまで飲み会の席でアルコールが飲めなかった人でも雰囲気を壊すことなく安心して飲めるといった新市場を創造した。

ファーストリテイリング/服を通じて貧困をなくす

世界最貧国の一つといわれるバングラデシュのグラミン銀行と合弁会社を作り、雇用創出活動などを続けている。素材調達や生産を現地で行うほか、出来上がった商品の販売を「グラミンレディ」に委託。彼女たちは貧しい農村部の出身で、グラミン銀行から融資を受けて商品を買い取り、対面販売を行いながら自立を目指す。

ファーストリテイリングはこのほかにも「全商品リサイクル運動」を立ち上げて、06年から13年までに6,000万着を店舗で回収。うち600万着が貧困地域に寄付されたが、一方で国内顧客については「購入促進の後押し役」としても機能している。あるいは「ヒートテック」は商品そのものがCSVといえるかもしれない。機能的に優れた商品を低価格で提供しながら、同社は大きな利益を上げ続けている。

ユニ・チャーム/現地ニーズに即した商品開発

インドネシアでは高級品の紙オムツ。世帯収入から「手軽に買える」価格を逆算し、それに見合った機能のみを持たせるにとどめた。加えて個包装して販売するなどした結果、12年の売上高は前年比50%増にまで拡大。現在、同社のシェアは60%にまで高まっている。

ダイキン工業/環境問題をボーダレスで解決

電気使用量を30%抑えて省エネに貢献する「インバータ」搭載エアコンの普及拡大を重点取り組みテーマに据える。日本では住宅用エアコンの年間販売台数740万台におけるインバータ搭載比率は100%だが、欧州(中東・アフリカを含む)では25%、北米や中南米ではゼロという状況にある。そこで同社は中国の空調最大手の珠海格力電器と提携してインバータ技術を提供。社内では技術流出ともいえるこの決断に対して反対意見が多かったものの、井上礼之会長兼CEOが長期的な判断から決断した。中国では年間販売台数2,100万台のうちインバータ搭載機は7%にとどまるが、12年は前年比60%増と大きく拡大。今後は政府の規制強化などに伴ってさらなる拡大が見込まれている。

オイシックス/農産物の高付加価値化を実現

有機野菜など食品宅配会社。野菜は注文を受けてから収穫、出荷するので新鮮だが、到着までに時間がかかり、価格も高め。しかしながら、商品の質の良さから顧客満足度はもちろん、従業員のモチベーションも高く、離職率は5%以下にとどまる。優秀な人材が集まり、さらなる生産性の向上も期待される。

CSV今後の課題

CSRに取り組む企業は多いが、それが利益を生むCSVにまで至っていないケースが多い。まずは投資家がCSVの考え方を理解してこれに賛同、関連企業を応援することで、資本市場からCSVを促進させることが必要だろう。こうしてCSVに取り組む日本企業が世界での競争力を増せば、最終的には私たち国民の利益にもつながる。

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